巫女と機関銃

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日記過去ログ 2011.10





◆ 2011.10.31 「31日に31行の31に関する話でも」


 31日まである月はなんだか中途半端だと思ってしまう。
 なんで、30日で終わりでは無いのだろうか。
 31日の1日が何故か可哀相だと思ってしまうのである。
 でも、それも他の月が30日で終わる為に必要なのだから仕方が無いのか。
 やはり、皺寄せは必ず何処かに来るのでしょうか。

 ……こんばんは、宮藤で御座います。
 31日の夜に、31日の存在について、31日らしく書いてみましたが……
 何とも支離滅裂、意味の無い文章と相成りました。
 それもそのはず、何かを考えて書いた文章では無いのですから。
 でも、それが当たり前になったらいけないのです。

 さて、そろそろ今年も終わります。
 いえ、あと2ヶ月あります。
 ですが、2ヶ月なんてあっという間なんです。
 ひと月がすぐに終わってしまうと考えると、とても悲しくなります。
 しかし、時間の進み方は一定なので誰かがどうかする事なんて出来ないのですね。

 時間が止まったら、どうなるのかしら。
 きっと、止まるのは人間だけなんじゃないのかしら。
 人間が止まったら、人間は世界が止まったと感じるでしょう。
 でも、それは人間の自分勝手な思い込みに過ぎないのでしょうね。
 あれ?でも、人間が止まる事なんて、あり得ないじゃないですか。

 5行の塊が4つ、これで20行。
 何の意味があるのかと問われれば、答えましょう。
 意味などありません。そして、この文章と同じように、意味の無い物が溢れています。
 意味の無い物が集まって世の中を構成しているのでしょう。
 じゃあ、自分自身は意味があるのでしょうか。

 すごくセンチメンタルというか、厨二病的というか、そんな文字の羅列。
 こんな文章を書いているから成長しない。
 あれ……成長って、一体なんでしょう?
 大きくなるのが成長ですね。じゃあ、私は成長出来ないので変態する事にします。
 でも、人間なのでカエルみたく変態する事は出来ません。それならば、つまらない現状維持で。

 さて…そろそろ終わりにします。これが31行目。やっぱり、31の1は中途半端……






◆ 2011.10.19 「廃墟を廃墟たらしめる為に」


 腰を掛けると必ずと言っていいほど悲鳴を上げる椅子に、私は身体を沈ませていた。 そして、何をするでも無く天井を見上げ、全く動かない壁紙の模様を目で追っている。 机に乗せてある愛用のカップの温かい湯気はとっくに消えてしまっていて、どうやら湯気すらも私に愛想を尽かしてしまったようであった。

「ねえ、普通の廃墟と優れた廃墟の違いって知ってる?」

 冷たくなったカップが横たわっている机の向こうから聞きなれた声が聞こえた。

「ねえねえ、知らないの?」

 尚もしつこく聞こえる声から耳を背けるべく、私は目を閉じる。それでも、今まで見ていた模様は目に焼きついているようで消えなかった。 これではどうしようもないので、私は不承不承耳障りな声に返事をする事にした。

「廃墟なんて何処も同じだろう? 優劣があったとしても、それは大きな違いじゃない」

「あら? そうかしら? 私は大きな違いがあると思うよ」

 どうやら、興味の無い話を切るつもりで放った私の言葉は、声の主に丁度良い燃料を与えてしまったようだった。 その声は私の返事を待つ事すらせず言葉を繋いでおり、私が聞いているかどうかなど関係が無いようだった。

「いい? 分からないようなら、私が教えてあげるわ」

「優れた廃墟にはちゃんとした見所があるのよ。でも、普通の廃墟にはそれが無いの」

「でも、あなたは廃墟と観光地を履き違えているんじゃないか、って言うんでしょう?」

「結局、見所の無い観光地なんて廃墟と同じよ。見所のある廃墟の方がよっぽど観光地らしいわ」

 私は声の主が何を言っているのか理解できなかった。いや、理解する必要が無いと思った。 しかし、それは私がどんなに嫌でも理解できてしまう事だったのだ。嫌になった私は、二つ目の眼を閉じる事にした。

 再び目を開けると部屋には紫の煙が充満していた。そして、私はその中にぶら下がっている。 今までうるさい位に聞こえていた声は聞こえなくなっていて、代わりにガタ付く換気扇の音が耳を突いていた。

「   



 気が付けば既に10月も終わりに近く、太陽の昇っている昼間が短くなった事で焦燥感をむやみに煽られる季節になってしまいました。 しかし、それでも…焦燥感に煽られても…こんな調子です。そろそろ、忘れ去られる頃やも知らん。
 いえ、とっくの昔から…すでに、そうであっても不思議では無いのですが…こんな感じで、これからも…ゆっくりと…行きたいと思います。

 それにしても、廃墟を廃墟たらしめる為の物って何なのでしょう?
 私は、誰かの記憶にあるか否かだと思っているのです。
 誰かが覚えていれば、その建物が廃墟だとしても廃墟になる以前の記憶を保持している事になるのではないでしょうか。 じゃあ…誰も覚えてなかったら。それは、誰の目に見ても廃墟に他ならないでしょう…

 と、ありきたりな事を言って今日は御終いにしたいと思います…

 また、いつか。